「ただいま!」
亮クンがリビングに向かって声をかけると伯母さんが出てきた。
「早かったわね。あら、涼香ちゃんじゃない。話は亮から聞いてるわ。あがって。」
促されるままに靴を脱ぎリビングへ向かうと従姉妹の翠ちゃんがいた。
「久しぶり、すずちゃん。」
翠ちゃんは優しい笑顔を見せた。
「久しぶり。翠ちゃん。」
「座りなよ。」
席を勧められ、空いているところに座ると伯母さんがお茶を持ってきてくれた。
「お待たせ。」
二階にかばんを置いた亮クンもやってきた。
「で、どうしたんだ?」
「最近すずちゃんが、学校来てないって亮のやつ心配してたわよ。」
「あたし・・・怖くなっちゃって。電車やバス乗るのに・・・朝、胃が痛くて気持ち悪くなって。前期のときに電車とバス乗ってたら過呼吸みたいになっちゃって・・・」
高まる感情を抑えるように、少しずつ語る。
「あの時か・・・」
亮クンが呟く。あたしはそれに頷いた。
「それから行くのにドキドキしちゃって。はいたらどうしようって思うと足が進まなくって恐怖に駆られて・・・」
「叔母さんや叔父さんが知ってんの?」
翠ちゃんに聞かれて横に首を振った。
「なんで言わないの?すずちゃんは、親に気遣いすぎだと思うよ?」
「別に・・・気を使ってるわけじゃないよ。あたし怒られるのが嫌なだけ。」
あたしが弱い存在だから。自然と怒られないようにってしていったら、周りには親に気を使っている良い子に見えたのかもしれない。
「でもな、この事はちゃんと親に言ったほうが良いぜ。叔父さんも叔母さんも心配してるって。」
心配なんてしているの?
『何でそんな風になったんだ!情けない。お父さんや、お母さんの時代はもっと精神的に強くて・・・』とかって、怒らない?
「言えないよぉ・・・あたし怒られたくないもん。だから、少しでもちゃんとした大人になりたかったのに、こんなになっちゃって情けないよぉ、辛いよぉ。」
我慢してた涙がまたバタバタと落ちる。
「泣きたいときには我慢しなくて良いんだ。」
「涼香ちゃんは、親の前で泣いたことある?」
伯母さんの質問にあたしは顔を上げた。
「無いでしょ?涼香ちゃんは小さな頃からお父さんにもお母さんにも愛されてたよ?それに涼香ちゃん自身も親の要望にきちんと沿って歩いてきたよね?だからさ、きっと、大学生になった瞬間に大人扱いされて、涼香ちゃんも今までやってきたことが通用しなくなっちゃって戸惑っちゃったんだよね。今まで独りでよく頑張ったね。だから、そういう時は周りにいる人に『助けて』って言ってごらん?皆手助けしてくれるよ。そして、また一人で歩けるようになったら同じように困ってる人を助けてあげて。」
「涼香ちゃんは頑張りすぎなんだよ。自分を褒めたり、認めてあげたことある?私だって二十四になるけどまだまだ子供よ。そんな十九ぐらいで立派な大人になろうとしなくて良いんだよ。急いだって空回っちゃったら意味ないじゃない。」
翠ちゃんは軽く笑った。
大人になろうと思って、強くなりたくて走ってきた足は実はもう、独りじゃ歩くのも大変なくらいボロボロで、でも、一人で走ろうと必死になってた。
自分を褒めることも認めることもせずにもっと、もっと、まだ行ける!まだ、行け!と奮い立たせて走ってきた。
しかも、今までずっと守られてきていたからきっとどこかで変わりたくてウズウズしてた。
鳥カゴの中の鳥はしたくないの。
その中で出ようとして、羽がボロボロになってたことも知らなかった。
急がなくて良い、頑張ったね。と言われて初めて立ち止まって周りを見渡すことが出来る。傷ついてどん底まで落ちて光を見つけたときにあたしの悩んできたことは何かを学ぶためのものだったって思えるようになるから。
「俺たち大人になる最中なんだよ。さなぎから羽化しようとしてるんだ。なんかであったぜ、痛みを伴わない脱皮は無いって。それに、涼香は自分で変わろうとしてるじゃん。人を変えることは難しいけど、自分を変える事は簡単なんだぜ。」
そう、きっと、大人になるための試練を今受けてる真最中だと思うから。
「今日さ、父さん出張中だし、すずちゃん泊まっちゃえば。」
突然の提案に涙が止まる。
「で、そのまま学校行っちゃえ〜。皆を少し心配させて成長しました!って見せんの、アリじゃない?」
翠ちゃんがニッと笑うからあたしもぷっと吹き出した。
「うん。今までやったこと無いことに挑戦してみよう!」
「そうそう、めいっぱいあがいてごらん、きっと、変わるよ。」
「とりあえず叔母さんには連絡しろよ!心配してるから。」
亮クンに諭されあたしは携帯を取り出すと深呼吸をして、家のダイヤルを押した。
「母さん?・・・うん・・・うん、あのね・・・」
あたしは母さんに理由を今までのことを全て話した。でないと、あたしが前に進めないから。
母さんは驚いていたが受け入れてくれた、今のあたしを。
今のあたしは、今までのあたしじゃない。大人じゃない。強くない。優しくない。真面目じゃない。一人じゃ何も出来ない。きっとそんなあたし。
あたしきっと、今まで自分が全然見えてなかった。見ようとしなかった。
周りに対していっぱいいっぱいで自分が見えてなかった、って言ったら言い訳かな。
でも、何年も自分やってきて自分が全然見えてなかったんだなぁ。って今更ながら思う。
心はきちんと信号出していたのにあたしが無理やり押し込んできたからこんな風になるまで気づかなかった。
それは、きっと悲しいこと、自分に気づいてあげられないなんて。
自分と向き合う余裕があればもっと早くに変わっていたのかもしれない。
けど、あたしはこれで良かったんだと思う。
あたし自身が気づけたから。
認められたから、弱さ、脆さを。
きっともう、あたし自身に嘘ついたりしない。
したくない。心から素直に自分のことが好きになれるはず。
無理しないで、困ったら帰ってきなさい。と母さんは言ってくれた。
あたしには、きちんと帰る場所はあったんだ。
涙がまた一筋流れる。
父さんは、真面目で一直線な人だからあたしの苦痛はわかってもらえないかもしれないけど、父さんは父さんなりにいろいろ考えてくれてる。
そんな風に考えられるようになった。全てあたしのためにしてくれたこと。
多少、空回ってるけど。それもご愛嬌なのかもしれない。
電話に変わった貴緒は言った。
「ねぇちゃん、前も言ったじゃん!困ってたなら頼ってよ。頼られないほうが悲しいんだぜ。黙ってたらわけわかんねぇじゃん。俺はいつだってねぇちゃんの味方なんだからよ!」
母さん、貴緒の声を聞いて、また少しだけ泣きそうになる。
「ご・・・ありがと。」
あたしは、電話越しにへへっと、笑った。
それから、あたしは、亮クンの家で一晩過ごすと学校へ行った。
亮クンもいたお陰か学校に行くことが出来た。
あたし、ホントはずっと、遠い所へ行くの必ず緊張していたんだ。
ミスは出来ないってずっと思っていたから。一緒にいてくれる人に迷惑はかけられないって思っていたから。
それを、ずっと認めることが出来なくて、いつも無理やり押し込めていた心。
きっとこのことが無かったら今も、無理やり押し込めて認められないままだった。
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